一年を五足で過ごせるいい男。

蔡 俊行
2025.05.07

オンライン英会話をしているデザイン会社を経営している後輩がいる。レッスンで靴の話題になり、あまりの饒舌ぶりを訝しんだアメリカ人講師から靴を何足持っているか聞かれたそうだ。
50~60足くらいと伝えると講師は絶句した。一体おまえは何本足があるんだ。何のために。彼は数足しか持っていないけどそれでも多いくらいだと。
普通の感覚からするとそうかもしれない。
この話は何年も前の話だが、このやりとりが洗い流せない澱のように自分の中に鎮座している。

断捨離を続行中だ。もうこれは生きている限り続く修行のようなものかもしれない。15年ほど前、長年住み慣れた家を引き払って引越すことになった。移転先のスペースは、ほぼ半分。持ち物をそのまま持っていくことはできない。それまで増えることはあっても減ることはなかった持ち物をはじめて整理した。その後も移転の旅は続き、都度モノを処分してきている。

断捨離や整理を進める本や雑誌には、コンマリではないがさまざまな求道者が導きを与えている。処分した後はすっきりした未来が開け、運気が増すというような。確かにそうかもしれない。が、来た道すがら後悔したことは一度や二度ではない。後悔のトップリストは擦れきれてややボロになったヴィンテージリーバイスの501XX、それとウエストンのローファーとゴルフ(靴名)。修理すればすべて利用できて価値のあるものばかりであるが、面倒になって捨てた。文字通り世田谷区の半透明のゴミ袋に詰めてごみ収集所に出した。その後、自分的ウエストンブームが再燃し、気づくと自分を呪っている。いまも継続中の断捨離は慎重にならざるを得ない。

件の後輩にも負けず劣らず、自分もそれなりの数の靴をいまだに持っている。しかしレギュラーは2~3足。中にはもう10年どころか20年くらい履いてないものもある。もしかするとミイラ化しているかもしれない。
断捨離は、古いものから順に思い出やそのストーリーを排除して、この先使うかどうかという合理的な基準で行うのが吉とされている。
いま迷っているのがクロケット&ジョーンズのダブルモンク。90年代に取材で行った英国サウザンプトンの工場のアウトレットで買ったものだ。ここだけの話、25ポンド。

当時は嬉しがって履いていたが、昨今の自分的かなりカジュアルテイストから考えるともう出番はない。しかしウエストンの呪いを思い出すとなかなか踏み切れない。普段履きのスニーカー2~3足とお出かけ用の革靴、そして冠婚葬祭用に一足。このくらいで一年を過ごせるいい男になりたい。

それにしても、世の中を見渡してみると新しいモノを買わせるプロモーションだらけである。あるマーケティングセミナーで講師に、豊かさというのは何かと問われたことがある。裸足の生活から靴を持てる生活になったのは豊かさではない。やっと最低限に到達したところ。豊かさというのは、二足以上持てるようになることだ。

もう充分豊かになった。むしろこれからはどれだけ減らせられるかが、豊かさの指標になるのではないか、なんてことを考えてしまうのである。

蔡 俊行/
株式会社ライノ 代表取締役
編集者。プランナー、コピーライターとして数多の企業のブランディング、広告制作なども手掛ける。また自社媒体フイナムの統括編集長。面白いことをいつも考えていて、飲食店を開業してみたりサウナ事業に手を出してみたりとでたらめなことをやってます。
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