無味無臭のコク

蔡圭嗣
2025.06.18

チョコクロでおなじみの大手カフェチェーン、その内装の一部を友人の父が手掛けている。建築畑の人間というより空間を調律することが生業のようで、少し前に聞いたその友人の父の言葉を折に触れて思い出す。

「格好良いものは誰にでも作れる。普通のものを作るのが一番難しいんだよ。」

その時はふうん、と軽く受け流していたのだが、最近じわりとこの言葉が沁みてくる。例えばあのカフェの内装。特別、目を引く意匠や奇抜な色使いがあるわけではない。けれど、妙に落ち着く。気づけば長居している。そして何度も通ってしまう。

“普通”の空間は、実は極めて意識的に設計された“普通”なのだろうと思う。空気のように存在し違和感を覚えさせない何か。そのためには余分な主張を削ぎ落としつつ、でも無味無臭にならないよう個性や温度を忍ばせなければならない。

そんな普通には、そっと手を加えることで新しい価値を宿す余地がある。先述とは別の友人がNYで、<Chowa>というプロジェクトを手掛けている。桐箱という日本では普通の存在に現代的なタッチを加えることで、見事に再解釈している。伝統とモダンの調和。普通を見極め、進化させている。一つしか歳が変わらない彼だが、すでに何周か先を行かれている感がある。

ここだけの話、普通を生み出すひとは天才か変人のいずれかだと感じる。昔とあるラジオで、テイ・トウワさんが「もう音楽ではなく、生活音を作りたい(PC起動時のブワァ〜ン的な音など)」と言っていた。

変わった人だなと思ったものの、世の中に当たり前のように溶け込んでいる普通は、幾重にもループを重ね、何かを極めた人たちが生み出してきたのだと思う。普通って、普通じゃない。

蔡圭嗣/
営業部
1994年生まれ。高校から渡米し、ニューヨークの大学を卒業後、Dover Street Market New Yorkでキャリアをスタート。その後、アメリカで出会った中国人の友人に誘われ、上海で起業を経験。アプリ制作、イベントディレクション、デザイン制作など幅広いプロジェクトに携わる。現在はライノにて、セールスおよびプランニングを担当。
NEXT